せきれい物語
今年の春、新河岸川のほとりに、素敵な水場をみつけた。白い建物を、浅い池がぐるりと取り巻いていて、池の水をなめてみると、美味しい地下水なんだ。僕は毎日水を飲みに通った。
そのうち、オタマジャクシと知り合いになった。黒くて、ちっちゃくて、すばしこくて、とても食えたものじゃないから放っておいた。
夏になると彼らは、小さな青ガエルになって、植え込みに消えていった。
しばらくすると、オタマジャクシのかわりに、なにか同じようにすばしこいものが、水中を飛び回ってるのに気付いた。よぉく目をこらしていないと見失うほど速いんだ。
まわりで人間たちが
「ねえ、水の中にいるあれ、なぁに」
「あら、ヤゴじゃない?めずらしい、何年ぶりかで見たわ」
僕は待つことにした。
その頃、カラスが一羽やってくるようになった。でも彼は、豊かなエサ場を持っているらしく、池の生き物たちには何の関心も示さなかった。パンやらソーセージやらを袋ごと運んできて、水辺で食い散らし、池の水を飲むと帰って行った。
秋になると、ヤゴたちは、建物正面のガラス窓、アプローチ、横手の出入り口に上陸し、孵化しだした。孵化したてのヤゴは、あ、もうトンボだが、そいつはやわらかくて美味いんだ。僕はたらふく食べた。毎日々々食べた。そして、たくさんの白い糞をおとした。二人のおじさんが、みつけるやいなや掃除してくれた。
だけど勿論、食べきれるものじゃない。そのうち、赤トンボがいっぱい、建物の周りを飛び回るようになった。
僕の天国は、突然終わった。最後の一匹の抜け殻が、今も窓のふちにのこって揺れている。そいつは、僕が気付かぬうちに、どこかへ飛んでいってしまったらしい。
今の僕を見てくれ。ずいぶん太っただろう? byせきれい