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| 1927(昭和 2年) | 神奈川県に生まれる。 |
| 1952(昭和27年) | 東京藝術大学(安井教室)卒業。 |
| 1972(昭和47年) | アメリカにアンドリュー・ワイエスを訪ねる。 銀座・飯田画廊にて昭和51年(1976)まで毎年個展。 |
| 1975(昭和50年) | 沖縄海洋博覧会「海を描く現代絵画コンクール展」に『海の家族』を出品、 大賞受賞。沖縄県立博物館蔵。 「大賞受賞記念 三栖右嗣展」<読売新聞社主催><新宿伊勢丹> |
| 1976(昭和51年) | 第19回安井賞展に『老いる』を出品。安井賞受賞。東京国立近代美術館蔵。 皇太子殿下(現:天皇陛下)依頼により『沖縄の海』を制作。東宮御所蔵。 |
| 1977(昭和52年) | 国立公園協会の依頼により『小笠原・父島より南島・母島を望む』を制作。同協会蔵。 個展<上野松坂屋>。 |
| 1979(昭和54年) | クライスラー画像<スペイン・マドリード>にて個展。 個展<上野松坂屋、松坂屋本店(名古屋)>。 「第1回日本秀作美術展」<読売新聞社主催>に『午後の陽ざし』を出品。 「現代日本絵画展」<北京・上海>に『老いる』を出品、訪中。 |
| 1981(昭和56年) | 石版画集『林檎のある風景』を刊行。 大版画『林檎のある風景』を制作。 |
| 1982(昭和57年) | 東京セントラルアネックスにて「三栖右嗣展」。 個展 松坂屋本店(名古屋)。牧 進と「日本四季展」。 |
| 1983(昭和58年) | 毎日新聞社よりカラーリトグラフ四曲一双屏風『紅梅図』刊行。 「日本秀作美術展」<読売新聞社主催>に『富良野風景』を出品。 |
| 1985(昭和60年) | 「昨日・今日・そして明日・三栖右嗣展」<伊勢丹美術館・新潟伊勢丹>。 |
| 1986(昭和61年) | 個展 <松坂屋本店(名古屋)>。 |
| 1988(昭和63年) | 現代作家デザインシリーズ「三栖右嗣展」<朝日新聞社主催>。 |
| 1990(平成 2年) | 「花のある名作美術展」に『ナガールの花束』出品<NHKサービスセンター主催>。 |
| 1991(平成 3年) | 個展<日本橋三越・大阪三越・札幌三越>。 |
| 1993(平成 5年) | 緞帳『爛熳』を制作<和光市文化センター>。 |
| 1994(平成 6年) | 緞帳『薫風』を制作<玉川村文化センター>。 |
| 1995(平成 7年) | 個展 <松坂屋本店(名古屋)>。 |
| 1996(平成 8年) | 『爛漫』500号を制作<(株)ヤオコー本社>。 リトグラフの2世紀記念展に招待出品<フランス>。 |
| 2010(平成22年) | 4月 逝去 享年82歳 |
| 2012(平成24年) | 「ヤオコー川越美術館 三栖右嗣記念館」開館。 |

老いる(習作)
この作品は1976年に第19回安井賞を受賞した作品の習作です。
受賞作は東京国立近代美術館所蔵となっています。この作品について三栖右嗣は次のように語っています。
「他人にとっては汚いシワにしか見えないだろうが、私にとっては、一つ一つのシワが私が苦労をかけた想いにつながっている。シワの一筋一筋が私自身なのだ。」
(「野の讃歌 三栖右嗣展」カタログより抜粋)
後に「老いた母を写生している間中、涙が止まらなかった。」とも語っています。
自身の母親をモデルとしたこの作品で、三栖右嗣は「老いゆくいのち」に真正面から向き合いました。
皆さんに見て頂きたい1点です。




