プロフィール
三栖右嗣氏(みすゆうじ)記念館は敷地内のシンボルツリーや新河岸川沿いの桜並木など、サクラとはなじみの深い美術館です。スタッフがブログを通じて、さまざまお知らせを提供し、さくらのように愛される美術館づくりをめざしています。
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スタッフブログ

ヤオコー川越美術館三栖右嗣記念館スタッフによるブログです。

2014年1月 のアーカイブ

三味線と箏の協演 ♫ 田辺明(田邉雅震翠)さんと吉葉景子さん


1月25日、今年はじめての「美術館ミニコンサート」がラウンジにて開催されました。箏ふたり.JPG

昨年大好評だった、三味線・箏奏者の田辺明(田邉雅震翠)さんに再び登場いただきました。今回はさらにピアニストでもあり、箏奏者でもあるという吉葉景子さんにも協演していただきました。袴に着物姿・・・なんと美しいのでしょう!どっぷり、和の世界です。

オープニングは箏の演奏で「五段砧」。お二人の息はぴったりと合ってすばらしい!そしてポップにアレンジをした「わらべ唄メドレー」。ラウンジの大作「爛熳」をバックに「雲上の桜」、田辺さんのオリジナル「うなぎ」(唄が最高!!)などを披露して下さいました。三味線.JPG25絃箏.JPG

そして今回は吉葉さんが惚れ込んだという25絃箏も演奏して下さいました。お客様の中には箏を演奏する方や楽器に興味のある方がたくさんいらっしゃって 箏を見ようと立って聴かれていたのが目につきました。(演奏終了後には25絃箏の周りはお客さまでいっぱい・・・)流れるようなメロディ、指使いがきれいでした。

アンコールには三味線と25絃箏でアレンジをした「春の海」でしっとりと幕を閉じました。三味線・箏.JPG

田辺さん、吉葉さん すてきなひとときをありがとうございました。

尚、今年も たくさんのミニコンサートを企画して、お客様に喜んでいただけたらと思っております。順次ブログでご案内をしていきますので お見逃しなく!!   by  わたなべ

 


三栖右嗣の足音 Vol. 3-2


 三栖右嗣は2010年4月18日に、83歳の誕生日まであと7日を残して世を去りました。享年は82歳ということになります。その長い画業を、これまであまた書かれた評論その他の文章を通じてご紹介したいと思います。当時の文章を加工せずそのまま読むことで、時代背景や、描かれたばかりの絵を見たときの人々の高揚した気持ちを、そのまま味わっていただけるのではないかと考えました。語られた膨大な言葉の海の中から立ちあがってくる三栖絵画の真髄を堪能なさってください。

 

三栖右嗣作品選集1945~1975 より     監修・文 村木明

海のシリーズ

 1973年には秋にも新しいシリーズの個展を開き、しかもその都度新たな展開を見せるという驚異的な仕事振りであった。その他に安井賞展に「リンゴ園」が入選しているし、「形真展」にも出品している。さらに未発表であるが、フランス旅行に取材した、「オンフルール」や「モンマルトル」などの作品も数点描いている。

 「リンゴ園シリーズ」に続く新しい連作は「海のシリーズ」で、沖縄や千葉の海に取材した作品である。このシリーズには人物も登場して、この画家の多彩な才能を見せた。また「海のシリーズ」は彼の年来のテーマでもあり、彼の内部で温められたものが具体的な取材を通じて作品かされたのである。それだけに水を得た魚のように彼の描写力は一段と闊達となり、マチエールも一層強靭さを増してきた。それと海に寄せる画家の情念が充実した画面を実現させた。

 「海の静物」はじめとする、「なぎさ」「白い砂の浜」「網」「ほね貝」「潮風」「網と貝」などの作品がそれである。「海の静物」の迫力、「なぎさ」に見られる空間処理のうまさ、「白い砂の浜」の写実力、しかもそのどれ一つをとっても、これは写生画ではない。対象を通じて画家の中で再構成された作品である。彼の作品がそれぞれにリアリティをもつのはそのためである。海の静物120号 当館蔵.JPGブなぎさ 20変 1973年 三栖右嗣作品選集より.JPGブほね貝 8M 1973年 三栖右嗣作品選集より.JPGブ網と貝 10P 1973年 三栖右嗣作品選集より.JPG

三栖右嗣とリアリズム絵画

 東京芸大で安井教室に学んだこの画家は、一貫してリアリズム絵画を追求してきた。抽象・前衛の流行した60年代に作品発表を中止したのも、そうした流行への妥協を好まなかったからだ。そうした頑固一徹さには父の血が通っているかもしれない。10年間の沈黙の故に、彼は日本の洋画壇では遅れてきた画家の不遇を甘受しなければならなかった。それは画家の資質や才能とは関係ない、年功序列を優先する日本画壇の歪みの故であった。

 が、彼はそんな画壇には色目を使わず、彼のめざすリアリズム絵画に新しい道を切り拓こうとした。それは対象を克明に再現的に写しとるスーパーリアリズムとは異なり、画家が対象の中に読みとった普遍的実在を表現することある。つまり対象の実在性を一つの象徴にまで昇華していくのである。リアリティはそうした普遍的実在性の表現の中に見出されるものであり、そこにはつねに新たな要素が秘められている。

 一見写真のようでありながら、写真とは異なる普遍性が表現されているとき、その作品は見飽きない絵となり芸術となるのである。と同時に、一つの作品はそれを見る人に応じて多様な意味をもつとき、時間と空間を生き続けることができるのである。彼はそうしたリアリズム絵画を追求しているのである。

一つの転期

 1974年、画家の身辺は多事多難であった。「形真展」に出品し、安井賞展は前年の「海の静物」が入った。が、「北海道シリーズ」「リンゴ園シリーズ」「海のシリーズ」に続く発表として考えていた、「人物シリーズ」は難行した。市場の不況で、いかに新鋭作家として注目されていたとはいえ、それほど絵が売れるわけではないし、高いモデルは雇えないとなると、画家の思い通りに仕事は進まなかった。それにパターンを嫌ってあたらしいものを求めるには、取材も十分やれないと云う悩みがあった。だからといって妥協した売り絵を描くことは自滅にひとしかった。

 あまつさえ、母子水入らずの生活に大きな変化が起った。年はじめから病床に親しみ勝ちであった母が、酷暑の最中に86歳で不帰の人となったのである。母を失った空虚を満たすためにキャンバスに向うものの、仕事は思うにまかせなかった。で、秋の個展にはシリーズ制作を断念して、いままでのモチーフからいくつかを選んで描いた。

 そうした苦境の中から「かもめとキッツォ爺さん」「枯草の上」「小樽風景」などの力作が生まれた。「かもめとキッツォ爺さん」は造詣の手堅さ、「枯草の上」は画面構成の面白さを見せ、少なくとも表面的には停滞のない制作振りを示した。この苦境の1974年にもう一つの注目すべき作品がある。ブかもめとキッツォ爺さん 60変 1975年.JPG 枯草の上 30P 1974年.JPG

≪老いる≫

 1974年の真夏に画家の母が亡くなったことはすでに述べたが、この「老いる」(エチュード)は、その母がモデルになっている生前の最後の姿である。80歳を過ぎた母の老いた裸像を敢えて描こうとしたのはなんであったか。母に対する愛情か。あるいは死別の予感があったのか。が、それは深くは問うまい。ここに現出しているのは、すさまじいばかりの写実絵画である。画家の眼はその老いる姿を執拗に描き出そうとしている。それは母をこえて生きている一人の女の姿であり、まさしく一つの実在である。あるいは母をと通して見た人間存在の一つの証しでもある。ブ老いる(エチュード) 30号 1974年.JPG

 

「海を描く現代絵画コンクール展」で大賞受賞

 1975年の新春早々に開かれた「リアリズムの新鋭作家展」に、海とリンゴをモチーフにした数点を出品した。「リンゴのある風景」はその一点で、リンゴ園シリーズの一つの頂点を示す作品である。3月の安井賞展には大作の「リンゴのある風景」が入選している。が、市場の不況は深刻で、制作も取材も思うにまかせず、苦境を余儀なくされた。それでも彼は次の個展のために絵を描かねばならなかった。兼ねてから彼は日本の四季、ことに日本の春を描いてみようと考えていたブ林檎のある風景 12P 1975年.JPG

 秋の個展のために「日本の四季シリーズ」の制作をはじめた一方で、彼はこの年秋縄の海洋博を記念しておこなわれた、「海を描く現代絵画コンクール展」に応募しようと考えた。海は彼が古くから温めていた主題であった。6月22日の締切りにやっと間に合って100号の「海の家族」を搬入した。コンクールは、全国からあらゆる年齢層の多様な傾向の約4000点の応募作品が集まり、かってない大規模なものであった。彼の作品はその中から見事"大賞"に選ばれた。その受賞は実に大きな意味を彼にもたらした。ブ海の家族 100P 1975年 三栖右嗣作品選集より.JPG

日本の四季シリーズ

 「海の家族」の大賞受賞によって、画家三栖右嗣の存在は、全国各地を巡回した同コンクール展をはじめ、新聞、雑誌、テレビを通じて大々的に紹介され、遅れてやってきた画家は、いまや日本画壇の寵児とまでもてはやされるにいたった。が、考えてみれば彼は昨日の彼と変わるはずがなかった。画壇がそれまで、この才能の発見に怠慢であったにすぎない。それを年功序列ではなく、実力主義を評価するコンクールが発見したのである。

 昨日の苦境と今日の栄光、ひとたび彼の実力が認められると、画壇も市場も態度を一変した。これもまた世の慣わしであろう。彼はそうした一切の世情は世情として容認しながら、自らはきびしい試練に立ち向かっていた。大賞作家は一点の駄作も許されないからだ。彼は取材のために西に東に、北に南に歩を運んで、日本の四季に挑んだ。主題が主題だけに作品は温和な作風になり勝ちである。それを造形的にどのように処理していくか。しかも彼は生活感のあふれた日本の四季を描きたいと考えた。そして9月に個展を開いた。会期中に訪れた人びとの数はかってない記録となり、大新聞の展評でも好評を博した。「納屋」「軒下」「飛騨」「坂道」「田園5月」「山合の水田」「みよちゃん家」「野の花」は、写実絵画に新しい活路を示すものであり、個展は成功裏に終った。が、休む間もなく、彼は今日も描き続けている。ブ軒下 10M 1975年 三栖右嗣作品選集より.JPGブ坂道 8P 1975年 三栖右嗣作品選集より.JPGブ田園五月 20P 1975年 三栖右嗣作品選集より.JPG

 


 「老いる」は、その後100号に描きあらためて(お母様の姿は同じで、上部の空間を上に伸ばした構図となっています)、1976年の安井賞展に出品され、見事に安井賞を受賞しました。その受賞作品は、国立近代美術館の買い上げとなり、同館に収蔵されています。

 ヤオコー川越美術館に展示しております「老いる」は、本文中にありますように1974年、お母様の亡くなられる4ケ月前に描かれた、最初の作品です。

 村木明先生は、1929 年のお生まれ。美術評論家として硬派の美術評論を展開される一方、女性心理を克明に手繰るたおやかな小説をお書きになる作家でもあります。画家三栖右嗣とは長い交友をむすび1972年アメリカにアンドリュー・ワイエスを訪ねた折にも同行されました。 byひらい


三味線・箏(こと)コンサート締め切りました。


1月25日(土)実施の「三味線・箏コンサート」は、お申し込み者多数のため、誠に勝手ながら締め切らせていただきましたので、ご了承下さい。ありがとうございました。


「お客様の声」をご紹介します


2013.12.14(土)

この旅を始める時には、特に川越を意識してませんでしたが、途中出会う方々と話す中で、昔は「小江戸」と呼ばれていた事等を知り、立ち寄らせて頂きました。なるほど、そんな風情を残しているなと思いつつ、美術館もあるとの事で本日来館させて頂き、まず建物でおどろき、素晴らしいです。また、真先にごあいさつされたおじさんが、マネージャーさんだったとは・・・。皆さん気さくで良い感じです。なかなかこんな美術館ありませんよ。もちろん作品も素晴しく、ここで初めて三栖作品をしっかり見る事が出来、大きな場所ではありませんが、作風の流れもきちんと知る事ができます。「なんせ、いいとこやった。」       富山市、T様。

注:この方は富山市から、1年かけて北海道から沖縄までバイクで日本縦断中に、当館に立ち寄られた、40代前半の独身男性の方でした。道中のご無事を、お祈りしています。

2014.1.12(日)

1月は母を亡くした月です。「老いる」を見て、母を思い出しました。しかし、不思議と悲しみではなく、温かい思いや感謝の念が胸に広がりました。私も、これから老いてゆきます。しかし、老いは崇高なものなのだと、この絵を見て確信しました。 T様。

2014.1.13(月)

年始から、初詣を川越で迎えたいと思っていたところ、偶然こちらを訪問する機会に恵まれました。寡聞にして、全く知らなかった三栖さんの作品でしたが、本当に出逢えて良かったです。およそ、絵画を見ている気分ではなく、実物が私の前に立ち現われるような錯覚を覚えたほどです。特に油絵という技法そのものを見直す機会にもなりました。上手く言葉では言い表せないですが、繊細さと大胆さという、相矛盾する印象があります。「老いる」の彼女の白髪の表現を見て貰えば分かると思います。個人的には「雑草と切り株」もまた、相通じるものを感じます。今こうして「爛熳」を拝見しながら、コメントを書いていることに、どこかそこはかとない喜びを感じます。清冽な水面を背景に咲き狂う木々の群れ、その水面を滑空する水鳥もまた、何ら埋没することなく、個として屹立している。素晴らしいです。紅梅を前に、年始を迎えられた方々に、幸多かれと心から願います。 Y様。


〈NPO法人「武蔵観研」の皆様による当美術館訪問〉


P1160061.JPG1月16日(木)午後、武蔵観光情報研究会の皆様が、当美術館にご来館され、ラウンジにて、当館川野幸夫館長(ヤオコー会長)の講演会が実施されました。館長の約1時間の講演内容は、当美術館開館の経緯・ヤオコーの会社運営について(特に、男女共同参画に関する内容)、等のお話があり、最後にご出席の皆様からの質疑応答で終了しました。その後皆様は、当館三栖右嗣先生の絵画と、伊東豊雄先生設計の建物を熱心にご覧になり、皆様が感動され、散会となりました。

P1160057.JPG武蔵観研の皆様、ご来館誠にありがとうございました。


お正月盛況感謝!!


新年明けましておめでとうございます。

昨年中は大変お世話になり誠にありがとうございました。

今年もさらに「居心地よい」美術館目指して、スタッフ一同頑張りますので、皆様のご支援をよろしくお願い致します。P1050013.JPG

<美術館今年の誓い>

1.さらに「フレンドリーで心地よい」空間を目指します。

2.レベルの高い楽しい色々なミニコンサートを実施してまいります。                         ミニコンサートは随時ブログでご案内していきます。

3.楽しい色々なブログをアップしてまいります。

今年のお正月は2日から開館致しましたが、写真のように川越総鎮守の氷川神社さんは参拝者で毎日大賑わいでした。P1050017.JPGその参拝をされた皆様の多くが美術館にも立ち寄られ、お陰で美術館も昨年以上に大盛況で、ご来館者に感動していただきました。P1050014.JPG

特にお正月から3月の展示替えまで展示の「紅梅図」屏風(リトグラフ)に皆様が感動しておられました。来年も2日から開館致しますので、氷川神社お参りの後は、「ほっと一息」当美術館で素晴らしい絵画と建物、そして名画「爛熳」が常設展示してありますラウンジにて、ヤオコー自慢のおはぎや美味しいと評判のコーヒー等をご賞味下さい。おはぎ1.JPG

                      by  マネージャー宇多村


新春特別展示「紅梅図屏風」


 IMG_0338.JPG

ヤオコー川越美術館・三栖右嗣記念館のお正月展示も、お陰様で二度目を迎えます。

お正月恒例展示としまして、超大作の六曲紅梅図屏風を1月2日より展示いたします。年に一度、3月末日までの特別展示となりますので、どうかこの機会に是非ご鑑賞ください。

 


明けましておめでとうございます


正月用夜明けの薔薇.JPG

皆様、新年明けまして、おめでとうございます。

私ども、ヤオコー川越美術館も、一昨年3月の開館以来、早くも1年9ヶ月が経過いたしました。

その間、昨年3月のBS日テレ「ぶらぶら美術・博物館」の放映を皮切りに、多くのメディアで紹介されたことで、これまで日本全国から、そしてはるばる外国からも多くのお客様がご来館され、三栖右嗣先生の絵画と、昨年3月「プリツカー建築賞」を受賞された、世界的建築家伊東豊雄先生設計の建物に感動して頂きました。その他、スタッフの接客やブログ、レベルの高いミニコンサートなども好評で、多くのお客様から「居心地の良い美術館」と、お褒めの言葉を頂きました。

今年も、スタッフ一同さらなるレベルアップを目指して参ります。

皆様方のご来館を心からお待ち申し上げております。           マネージャー 宇多村忠夫